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ラッキーと芥川山城
 休み。ラッキーと久々の散歩。

 雨雲が次々と流れこみ、時雨れることがありましたが、
それでも春の光線が雲の隙間から差し込んで、気持ちの良い日です。

 目指すは裏山。標高は200mにも満たないのですが、帯仕山と三好山の二つのピークがあります。帯仕山には小さな古墳があり、三好山はその名が示すとおり、戦国武将三好長慶の居城があった山城跡です。
 「ラッキー、さんぽ行くか?」
の声に大はしゃぎ!
 喜び勇んで出掛けました。
 山道に入ってからは、綱も解きました。
 それでも、前になり後ろになり、離れない距離でしばしの自由を楽しんでいました。
 山頂に近づくと、土橋、狭間や石垣がそこここに見られました。なかなかの山城です。山頂は市によって切り開かれ、展望も良いところでした。
 北と西は急な崖で、その下は芥川。城としては絶好の場所だったのでしょう。南方向には、吹田や大阪市街が望めます。
 しばし眺望を楽しんだ後、もと来た道を戻るのは主義に反します。それで、クマザサ深いけものみちに。
 そこここにイノシシが土を掘り返したあとがあります。
 ラッキーを後ろに、少しずつくねくねと下っていきました。どれほどか下ったところで、芥川に出ました。いつもは対岸を歩いているのですが、なかなか濡れずに渡れそうなところも見つからず、意を決して、大きくなったラッキーを抱きかかえ、ざぶざぶと川渡り。さすがに春。水は少し温んでいたように感じました。でも、渡りきったとたんに土砂降り。
 一般道を一人と一匹は歩いて帰ったのでした。
# by carnotaurin | 2012-03-25 00:18 | My Life | Trackback | Comments(0)
九州より帰還

 福岡・大牟田でのやるべきことが予定より早く終わったので、昨夜戻って参りました。

 金曜日、仕事のお休みをいただいて、朝から出発。
 駅で往復乗車券と行きの新幹線新大牟田までの切符を買い、京都線で新大阪、新大阪から博多乗り換えで新大牟田に。現地は雨。
 新大牟田は開通からまだ一年。昔の新横浜駅のように、駅周辺には更地ばかりが目立ち、これといった施設は何もなし。大牟田駅までは車で15~20分かかるくらいですが、バスの接続も悪く、タクシーで。駅近くのレンタカーも、ネットでは2社が見つかったのみ。マツダのレンタカーを借りて、いざ。

 入院中の伯母の血色も良く、今回は話もしっかりできました。昨年クリスマスイブに緊急入院してから3ヶ月になろうとしていますが、酸素吸入器は離すことができず、足腰も衰えています。今回は別のリハビリテーション系の病院に移る手続きをしてきました。またその後の介護施設への入所手続きも。

 わらじ家というビジネスホテル(素泊まり二泊1万円足らず)に泊まりましたが、十分でした。
 そして土曜の午後3時にはすべて終わったので、伯母としっかり話して、励まして、宿を引き払い、レンタカーを返して、タクシーで新大牟田駅に向かい、新幹線に乗ったのは午後4時過ぎ。自宅には8時半頃に戻ることができました。今回のレンタカー作戦は良い選択であったと思います。

 何はともあれ、伯母の調子が良かったのには安心しました。病院の医師、看護士さんや身の回りの世話をしてくださる方々、社会福祉士の方々、介護施設の方々、アパートのご近所の方々、みなさん親切で、ありがたく思いました。

 明日からまた怒濤の年度末年度初めに。


 画像は、帰りの九州新幹線つばめの車内。ほぼ?私
の専用車両でした。
# by carnotaurin | 2012-03-18 19:57 | My Life | Trackback | Comments(0)
来週は再び福岡・大牟田に
 先日、病院から電話があって、伯母のその後が伝わってきました。
 回復はさすがに高齢のために芳しいものではないyとうですが、自分で起きあがることはできるようです。でも、酸素マスクなしでは苦しいらしい。

 長期入院できる病院ではないので、そろそろ介護施設か大きい病院への移送が必要になるらしい。加えて、身の回り品の費用とかもかさんできているとのこと。それは精算しないと申し訳ない。
 病院のソシアルワーカーと話して、来週末には再び大牟田に行くことにしました。
 おそらく、アパートの電気も止まっているでしょう。大家への支払いはどうなっているのかなぁ。家の方も、このままだと撤収しなくてはならないでしょう。荷物は、必要な物は私の実家で引き取れますが、おおかたは処分になるでしょう…。介護施設の方も見つかるでしょうか。

 伯母には、「また来るよ!」と言ってあるので、行けば喜んでもらえるでしょう。看護士さんによると、「心配かけるから連絡しないで」と言われているらしいが。
 しかし、唯一の身内だよ。
 
 今度は、独りで行くことになるかな。母も連れて行くべきだろうが、フットワークが鈍る。どうしよう。

 今週半ばには仕事も一区切りつくので、金曜日には出たいと思っています。
 新幹線は速いのですが、向こうに行ってレンタカーを借りることを思えば、のんびり車で行った方がいいかな、と。
 長い運転は、お尻が痛くなるんですよね。
# by carnotaurin | 2012-03-11 21:14 | My Life | Trackback | Comments(0)
Gorillaの頭骨
 ちょっとゴリラの頭を彫っていますが、
 なかなか哺乳類は難しいです。
 でも、人間に近い分、詳細に見て比較しながら作るわけですから、
 おもしろみもありますね。
# by carnotaurin | 2012-01-22 00:01 | いきもの | Trackback | Comments(2)
謹賀新年

みなさま、新年あけましておめでとうございます。

大晦日は実家にうちの男共2人を連れて帰り、
実家の父母と弟家族の総勢8人+1匹となりました。
女性陣がいたらあと3人増えるのですが、
それでも昔のように親戚が集うこともない時代になってしまいました。
幼少の頃は、近所を回ってお年玉(餅やミカン)をいただいて喜んでいたものです。
携帯電話、テレビ、自動車の普及により、田舎の人間関係は大きく変わっていきました。
昭和30~40年頃はよかったなぁ。
何もなかったけど、人がいた。

まぁ、それはともかく、
大晦日は暖かい日で、持参したバーベキューセットを庭に出し、
あらかじめ送っておいた牡蠣、タラバガニ、ズワイガニ、鴨肉を焼いてみんなでいただきました。
私は食材担当で、調理は弟です。
九州の叔父からもでかいブリが届き、弟が出刃包丁でさばき、
夜は煮物に刺身,かにチリ。


結局食べ過ぎて、年越しそば(鴨南蛮にするはずだった!)は誰も欲しがらず。

さて、ラッキーには初めての遠出でした。
やはり高槻から京都亀岡に抜ける山道で車酔いして
、少し吐いてしまいました。でもその後はOK。


田舎に着いてからも広々とした土地に大喜びでした。
田んぼや野山を嬉々として走り回りました。
(一度田んぼの用水路が雑草で見えずに落ちてしまったり、
小さな雑草の種(私の実家地方では「ひっつきもち」と呼びますが、
記憶では「ひっつきむし」とは呼びません)
がびっしりと毛についてしまったり…。)

大晦日は、さすがに玄関を入ったところから上へは入らせることができなかったので、
初めてのひとりぼっちでした。
私もかわいそうでなりませんでしたが、戸外でないことだけで勘弁してもらいました。



翌朝、元旦。
一番に起床。
あいにく全天を覆う薄雲で初日の出は拝めず。
しかし、昨年に比べ格段に暖かい元日。

早速、大きくしっぽを振るラッキーを連れて散歩に。
リードは持っていましたが、必要もありません。
山野を含むかなり長い距離を歩きました。

戻ってから、みんなで雑煮をいただきました。

昼には実家を出て、制限速度を守って大阪に帰ってきました。
ラッキーは疲れたようで、まだ私の布団で眠っています。

みなさまもそれぞれの場所で、それぞれの良い年をお迎えのことと思います。
新年早々、関東の方は揺れたようですが、
今年がみなさまにとってますます良い年でありますよう、
お祈り致しております。
# by carnotaurin | 2012-01-01 19:24 | My Life | Trackback | Comments(2)
帰還
ただ今戻って参りました。
 結論から言うと、伯母は、とりあえずは大丈夫そうです。

 伯母が倒れたのは24日午後のこと。
 かかりつけではない病院に搬送され、そこから実家に連絡が来ました。

 連絡を受け、翌25日の朝3時半に高槻を出発。中国道で岡山県津山市の実家に行き、母を乗せ、国道53号線を南下、岡山に。山陽自動車道の手前で弟を乗せ、九州に向かいました。山口までは風が強く、小雪の舞う天気でした。
 福岡県の最南端のインターチェンジ南関で降り、まずは病院へ。
 病院では、集中治療室に伯母は横たわり、口から気管挿入で呼吸を。肺をやられているらしく、自力での呼吸が困難とのこと。しかし意識はあり、問いかけに涙を浮かべてうなずくことができました。

 伯母は79歳。ずっと独身。大阪十三あたりにもいたそうですが、三池炭坑が繁盛していた頃に大牟田に移り、そのまま引退。現在に至るようです。私も数回しか会ったことがないのですが、それでも伯母は私のことも気にかけてくれていました。
 母と伯母は、会えばお互いに文句ばかり言い合っていますが、幼くして両親と姉を失った二人にとって唯一の姉妹。

 病院の後、伯母のアパートにナビを頼りに行きました。数十メートル先が熊本県という場所で、昔は栄えたであろう街角の小さなおんぼろアパートでした。鍵が無く、隣近所の人に尋ね、近くの公民館長宅を訪ね、民生委員さんに連絡をとっていただきました。
 何か手がかりがないかとアパートの周囲を回ると、台所窓の鍵が開いていたので、館長さんほか立ち会いのもと弟が入り、中から鍵を開けました。
 室内を調べ、伯母の親しかった友人や在宅介護のヘルパーステーションに関するメモなどを発見、そこに連絡をとり、何とか方向性が見いだせました。
 病院の入院手続きをして、入院セットの購入もしました。最悪の場合の救急措置についての同意書にも署名しました。私の母も呆けが始まっているので、長男である私のサインで。
 その夜は弁当を買って三人でアパートに泊まりました。
 寒い夜でした。
 
 翌日、市役所へ。大牟田の市役所は、栄えた頃の古いレトロな庁舎でした。保護課というところへ行きましたが、これまた昭和の事務所。映画のロケにでも使えそうでした。三池炭坑のおかげだったんでしょうね。
 この課のデスクには、何十人もの質素な制服?の中高年の担当者の方々がびっしりと座ってなにやら忙しそうでした。ヘルパーステーションで聞いた担当の人を呼んでいただき、かくかくしかじかと事情を説明し、書類をいただきました。それを病院へ持っていき提出。一通りの手続きを終えました。

 この日の午後には管も取れて話せるようになるというので、いったんアパートに戻り片づけ、再び病院へ。1時頃には予定通り管がはずせ、苦しそうな呼吸でしたが、少し話すことができました。入院は約1ヶ月。
 なんとか大丈夫でしょう。
 「また来るからね。」と何度も念を押して病院を出ました。

 大牟田から岡山、津山を経て、先ほど帰還。
 
 慌ただしい二日間でした。

 恥ずかしい話ですが、老人介護とか、保険とか、そういったことに全く無縁無知であった私は、今回いろいろと考えさせられました。
 あちらでは、近所の人やいろいろな方々の優しさにふれることができました。ありがたいことでした。私も自分の無知を説明し、全くの素人にわかるように説明を求め、丁寧に対応していただき、勉強になりました。

 さて、疲れたので、眠ります。
 お気遣いくださったみなさま、ありがとうございました。
# by carnotaurin | 2011-12-27 01:29 | My Life | Trackback | Comments(0)
明日、福岡県大牟田市に
私の母は、幼くして父母を亡くしています。
唯一、姉(私の伯母)がいますが、その伯母が「危ない」との連絡が入り、
急遽明日、早朝より岡山の母を連れて車で大牟田まで行きます。

伯母も台湾生まれ。
ずっと九州で独り暮らしなので、私も数回しか会ったことはないのですが、母の唯一の肉親。
物忘れの多くなってきた母ですが、
独りぼっちの伯母を想っていることでしょう。

では、早めに眠ります。
# by carnotaurin | 2011-12-24 19:43 | My Life | Trackback | Comments(0)
Brisbane Gold Coast
 Now in a hotel in Brisbane,Australia.
It's warm and the weather is fine.
# by carnotaurin | 2011-11-15 21:22 | My Life | Trackback | Comments(0)
ただいま関空
 まもなく飛び立ちます。
 みなさん、お元気で。
# by carnotaurin | 2011-11-14 20:20 | My Life | Trackback | Comments(0)
墓参
 今日は午前中、ぞうさんの歯の勉強と準備(使える本象牙を選び出して、線引き)で終わりました。
 ゾウのmolar臼歯についても詳しく知らなかったので、それについて勉強するだけでも大変でしたが、かなりわかってきました。今では、歯を見ただけでおよそのゾウの種類の見当はつきますぞ。(←大げさな!)

 さて、今日は実家に墓参で戻ってきました。

 私の姉、享年7歳。昭和40年10月30日没。私が4歳のときでした。
 何十年たっても、私の中ではあの当時のままの姉。
 以前にも書きましたが、いろいろな姉との場面が思い出されます。

 墓は実家近くの雑木林に囲まれた小高い山の上。
10年ほど前、頂上の墓周辺の雑木林が伐採されて、今は日の光が当たります。
子どもの頃は、このうっそうとした木立の中の墓場に、何かしら感じていたものです。

 我が家の墓の一番奥右にある姉の小さな墓石は、少し左に傾いていました。
今度来るときには直さなくては。
 墓石も少し汚れていたので、私は手で水をかけながらこすりました。
 すると、連れて行った娘らも、自ら手を出してこすり始めました。

 母も娘に話しかけていました。
 特に母にとっては、母の人生で一番幸せで、一番つらいあのころだったと思います。
 何十年たっても、元気に遊び、手伝い、甘えた姿、
 病院で横たわり、「わたし、死ぬの?」と話しかけた姉の姿は、
母の娘として永遠に存在し続けます。

 きれいな晴れ着を着て陽の光に眩しそうに少しうつむいた姉の遺影には、
その背景に、 今も庭先に咲くたくさんのコスモスが写っています。

# by carnotaurin | 2011-10-30 23:09 | My Life | Trackback | Comments(0)
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タブリンの木製恐竜骨格模型 制作記録 & 戯れ言 http://taburin.jimdo.com/ taburinあっとkfx.biglobe.ne.jp
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