蝉
空蝉『空蝉の羽におく露の木がくれてしのびしのびにぬるる袖かな』
源氏物語は好きではない。
今朝、玄関を出ると、石畳の上に蝉の幼虫が転がっていた。
「どうした?」と触ってみると、かすかに動きがあった。背中が割れ始めていた。
どうやら、羽化の場所を間違え、転落したらしい。左の前足の先端が欠けている。何度か木の枝につかまらせようと試みたが、無駄だった。
夕方から朝方にかけて、安全な時間帯に羽化するはずの蝉。
土中で5年も過ごし、地上では3週間も生きられない蝉。
空を舞い、雄だったらにぎやかに鳴くこともできたろう。
この蝉、さぞかし無念であったろう。
準備が整い、いよいよ羽ばたくという段階で、致命的なミスをしてしまった。
空を舞い風を切る爽快さも、高い空からの眺めも夢見たことだろう。
年甲斐もなく、涙が出てしまった。