雨上がりの紳士、汗をかく
そう、新調した黒のサマースーツに、今日おろしたばかりの防水加工の黒い革靴。
手には黒いDELSEYのアタッシュケースと雨傘。
蒸し暑さの中で汗をかかないようにと、ひたすら運動量を抑えて、時間を待っていた。
そこへ、道路脇に止まっていた白いワゴン車から、Tシャツ姿の青年が一人出て、走り寄ってきた。
「すみません!サイドブレーキがわかんないんですぅ…」
ハイエースなんですけど…」
気のいい私は、
「フットブレーキのタイプかな?」
などと言いながら、ホイホイと若者の後についた。
見ると、大型のワゴンの中には、女子学生たちと男子学生たち総勢6~7人。これからレンタカーでレジャーにお出かけ!という羨ましい状況だった。ところが、借りた車で勝手が違ったらしい。
運転席の若者が降りて、私は、車外からそのステアリングの下をのぞき込む。
サイドブレーキは、傘のような取っ手を引いて時計方向に90度ひねるとかかり、逆操作をするとブレーキが解除されるごく一般的な仕組みだった。でも、慣れてなかったんだろうなぁ。
それで、私が、
「これをね、こっちに捻ってちょっと引くと、ほら、はずれる…」
と言ったとたん、
「おぉっと!!」
車がブイーンと動いたのです。
ぬぁんと、エンジンがかかってただけじゃなく、ギアまで入ってたの!
私は1mほど無様な格好で引きずられたのです!
ギャルたちは「キャー」とかなんとか叫んで。
あわてて私はサイドを再度引いて、助手席の青年がエンジンを切ったのでした。
「…あ、エンジンかかってたのね。
だからね、ここをこう引いて、こう捻ると外れるからね」
と再度説明をして、傘とアタッシュケースを持ち、
何事も無かったかのようにその場を去る私。
バンの中からはギャルたちの声が私の背中に。
「え~、さっきの人だいじょうぶ~?!!!」
「…」
ここで振り向いて愛想をしたら、男が廃る。
「…」
青年たちは、私のかっこよさに見とれるだけでした。
ちなみに、私は真新しい革靴のために、そのとき右足首を軽く捻挫していたのでした。
紳士はどっと噴き出る汗を拭きながら、こんな日に新調したスーツ姿でいる自分を哀れに思ったのでした。
若者よ、乗る前にチェックしとけ、サイドブレーキや給油のレバー。
それから、なんかやるときはニュートラルくらいにはしとけよ。
それと、エンジンを切っとけよな。