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タブリンの窓

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タブリンの木製恐竜骨格模型 制作記録 & 戯れ言 http://taburin.jimdo.com/ taburinあっとkfx.biglobe.ne.jp

カテゴリ:My Life( 133 )

 休みを取っている最後の今日、娘らを伴って琵琶湖博物館にモササウルスの機嫌をうかがいに行きました。

 琵琶湖周辺は寒風が吹いていましたが、雲間からの日差しは温かく感じられました。平日とあって来館者は少なく、古生物復元の展示ホールはほとんど空っぽ。少しモサも寂しそうでしたが、何とか元気に泳いでいました。ゾウとネコの骨写真をバシバシと撮ってきました。
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 帰り道は琵琶湖大橋をわたって、奥比叡ドライブウェイから京都に抜ける道を選びました。途中、成安造形大学のそばを通りましたが、なんとcorvoさんとすれ違いました。

 奥比叡も「この道でええんかいな?」と思うほど車はほとんど無く、やがて急な上り坂の料金所ゲートに。このドライブウェイの入り口でチケットをとって、出口で払うとのこと。いやな予感。

 のぼるに連れていい眺め。雪も道路脇に少し残っているだけで、路面には無く、快適に走れました。
 山頂近く、延暦寺前に。ここでも初詣をと思いましたが、参拝料が高いので断念。入り口の売店で母親に線香と漬け物「すぐき」を買っただけにしました。この二品は、今から30数年前に「京都に修学旅行に行ったら買ってきて」と言われていたものです。線香は白檀か沈香のどちらにしようかと迷い、娘らが香りを吟味して沈香にしました。
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 下りに料金を。奥比叡、比叡山の二つのドライブウェイで2320円!!! 500円くらいかと思ってました。
 その後、東山の方に降りて、一般道で帰ってきました。

 さて、明日から仕事です。
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by carnotaurin | 2010-01-06 19:14 | My Life
これから実家に帰省します。
今回は前述の通り、年越しの来客もあるので、娘ら二人を伴ってのみの帰省です。二日には戻ります。

↓奥から、メキシコ人の友だち(豊橋の企業で研修中)、インド人の友だち(東京大学で研究中)、
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今年一年を振り返るほど整理できていないのですが、
制作活動では、恐竜以外の爬虫類に手を出してしまい、
あれこれと新たに学び直すことが多く、とても勉強になりました。
その分、制作そのものにはあまり時間をかけることができず、作品はわずかであったかと思います。
しかし、多くの皆様にご覧頂いて励まして頂いたこと、
研究者から助言頂けたこと、
海外の方々からも関心を寄せて頂けたこと、
殊に、蒲郡では、主催者様のご配慮で、作品をご覧頂いた皆様にたくさんの手書きコメントをお寄せ頂き、今も宝物にしています。

仕事のことでは、今の仕事を全うするのみです。
毎年、私のような契約講師では、一年一年が勝負です。
来年はどうなるのでしょうか。

また、制作活動の話ですが、
年が明けたら、今のArchelon,Raptorex,Dimetrodonを完成させ、
今まで頭しかなかったSmilodonの全身リメイクをすること。
モササウルスの件ほか、パレオパラドキシアほか、地域性のある作品も手がけたいと思います。

そして、久しぶりに絵も描きたいなと思っています。
でも、絵を描き始めると、彫る時間が無くなってしまいそうで、
今までも筆を執らずにきました。
油絵は乾燥に時間がかかりすぎるのと、においが強いので、
アクリルで描いてみようかなと思います。

さて、子どもたちも準備ができてきたかなと思います。

この場で多くの方々と知り合いに慣れ、また旧知のみなさんと再会できました。ありがとうございました。
みなさま、どうぞ良いお年をお迎え下さい。

来年も宜しくお願い致します。
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by carnotaurin | 2009-12-31 09:02 | My Life
 年末年始の帰省予定が立たない。
 明日から、外国からの来客がある。
 一人はアイルランド時代の妻の友人であるインド人女性。この秋から、東京大学に研究員として来たのだ。彼女はタミール語と、英語・ドイツ語などを話す。私は最近ヨーロッパ方面に出かけていなかったので、会うのは20年ぶりだ。
 同じく明日、偶然日が重なったのだが、メキシコ時代の友人の息子が来る。当時中学生だったが、大きくなったもんだ。浜松の方の企業に研修出張みたいなもんで来たとのこと。メキシコ人なので、スペイン語そして英語もなんとか話す。ラテン系の陽気な青年だ。彼に会うのも9年ぶりだ。
 
 で、帰省は…いつになるだろう。
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by carnotaurin | 2009-12-29 23:40 | My Life
 冬至を過ぎたばかりの夜7時は真っ暗。
 仕事から帰宅。
 バス停から自宅までは一つの丘を越えて、さらに長い急な坂をのぼる。
 やっと自宅前にたどり着き、ついている灯りを見て、安心する。
 ふーふーと乱れた呼吸と太ももにたまった乳酸に、若干の心地よさを感じながら、ポケットをまさぐる。「鍵は…」

 手袋として軍手を使っているのだが、その厚手の生地のためにポケットの中の鍵が、ポロッと手から滑り落ちた。
拾おうと、
「えいっ」
とばかりにしゃがんだら、
ガーン!!
玄関脇にある金属製の丈夫な郵便受けのかどっこに、
頭頂部を打ちつけてしまった。思わず、
「Ouch!」

「切れたな…」

 その場で頭に触るのは気が引けたので、家に入って洗面所に行って鏡をのぞく。

ふむふむ…切れてるな。流血してる。 縫う必要は…無いだろう。

多少がんがんしたが、洗うとしみそうなので、
オロナインH軟膏を塗った。

これでよし。


しかし、迂闊だった。
あんな無様な自損事故。
運勢は傾いているな。
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by carnotaurin | 2009-12-24 23:17 | My Life
 おかげさまで、なんとか動けるようになり、今日は試験にも出席することができました。

 夕べ発熱したのですが、今朝は下がった様子。
 天気も回復しましたが、少し肌寒い感じ。
 病院から、いったん帰宅して、久々の風呂を浴び、軽く食事をとってから、妻と私で車で大学まで送りました。
 新しい車にはカーナビゲーションシステムもあるのですが、昨夜私は一度行ってきて、時間を計算済み。
 今日は日曜日で道路事情も違いますが、早めに出て余裕で着きました。

 電話で大学にお願いしたとおり、席まで介助して行くことができましたが、周囲を気にして「自分で歩ける」という息子でした。
 それにしても、うじゃうじゃいるもんです。ほとんどが制服組ですが、あんなに受験生がいるんだと、何十年ぶりに高校生に囲まれて妙に焦りました。また、結構、付き添いの保護者ってのも多いんですね。受験生が入室した後のキャンパスや食堂には多くの親の姿がありました。

 さて、1時半から3時までの90分の試験。
 3時に部屋まで行こうとしたらどっと各室から高校生が出てきて、流れに逆らうのは大変でした。
 この流れで階段を下りるのはきついだろうと思いましたが、息子は反対側の空いている階段から降りました。そこで合流。
 息子は一通りを40分ほどで終わったと言ってました。
 リスニングもOKとのこと。
 問題用紙をチェックしたところ、それでも3つほど間違えていました。単語力は日頃の学習経験がものをいいますからね。日常生活の単語量なんて限られていますから、意識して読書したり新聞を読んだりしないと、語彙不足になるのは日本語も同じ。

 まぁ、ここ二週間ほどは学習ゼロですから。テストを受けることが出来ただけでもいいでしょう。
 結果はいかにあれ、ここまで回復できてよかった。

 今日はまた病院に戻ります。
 でも、あと数日で退院できるでしょう。

 皆様、本当に励ましのお言葉の数々、ありがとうございました。
 本当に本当に、ありがとうございました。
 
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by carnotaurin | 2009-11-15 17:03 | My Life
 実家のある岡山県津山市は、岡山県北にある人口10万人ほどの小都市。
 美作・作州の国で、出雲街道と岡山県三大河川の一つ吉井川が流れる城下町です。
 津山城は、江戸時代には森家18万5千石(だったかな)が居城としましたが、五代将軍綱吉のときに、江戸の練馬に犬小屋を造る仕事を割り当てられ疲弊。跡継ぎ問題などで移封され、その後、松平が入りました。(森家の家臣には、赤穂藩に仕え、後に吉良上野介を討つ赤穂浪士に加わった者もいたとか。)
 
 それはともかく、郷里津山の広報誌「広報つやま」11月号に、私の恐竜骨格模型制作の話が掲載されました。
 「未来をひっぱる津山人」という連載のなかの一つです。
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 『ん?おいらが津山を引っ張る?未来人?』という感じもしますが、選んで頂き光栄です。
そのうち津山市のホームページ内でPDFでダウンロードできると思いますので、笑ってやりたい人は見てやってください。(11月11日時点未掲載)

 皆様にご支援頂きましたおかげで、息子は順調に回復致しております。皆様の温かい祈りが届いたものと思います。本当にありがたいです。
 今日は久々にシャワーを浴びることが出来たようです。
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by carnotaurin | 2009-11-11 19:13 | My Life
 皆様の温かいお心遣いのおかげで、息子の体調も徐々に回復しつつあります。本当にありがとうございます。
 病院では、ご老人と同室の4人部屋から、だれもいない4人部屋に移り、夜もよく眠れるそうです。
 また、車いすで介助付きだったトイレにも、独りで歩いて行けるようになってきたようです。
 加えて、食事もゼリーにおさらばして普通食に。 
 普通に食べて普通に動くことが出来るありがたさを、本人も実感していることでしょう。

 彼が受験する気になっていた大学の受験日は、今週末。
 一昨日、新型インフルエンザに伴う受験の「特別措置」について案内が来ていました。これは、この時期、新型インフルエンザの流行により当日の受験が不可能な者に対して、月末の28日に特別に受験日を設けて機会を与えるというもの。
 そこで、息子は新型インフルエンザではありませんが、何らかの措置が得られないかと、まず申請書に作文して記入。そして昨日、大学入試部に電話で問い合わせました。
 丁寧に対応してくださいました。 
 電話を受けた担当者は、部内での話し合いをして、折り返し返答を下さいました。
 結果は、「今回の特別措置は、新型インフルエンザに対するものなので、事情は重々承知致しておりますが…云々」
 まぁ、仕方ないでしょう…。怪我だの事故だの、言い出せばキリがないですから。
 で、受験料(3万円)は、手続きすれば返納されるのか?について、ついでに尋ねたら、受験票を発行しているので不可能とのこと。そんなもんか…。

 ということで、彼に今年残された受験のチャンスは、日曜日に這ってでも試験会場に行くことしかありません(笑)。

 長い人生、今このひとときを逃してしまうことも仕方あるまい、と思います。
 若いときの1年と、年をとっての1年では重みも違うと思いますが、この一年をどう生きるかによるでしょう。
 これから、改めて自分の生き方について考えてほしいです。

 でも、元気になったら苦しみも忘れて、ふわふわするのかなぁ…
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by carnotaurin | 2009-11-11 06:00 | My Life
 担当医が午後はいないということなので、昼前に病院に行きました。
 立冬の今日も、気持ちよく晴れた穏やかな青空でした。

 病室に入ると、まぶしい冬の日が差し込み、開けた窓から入る風が浅黄色のカーテンを揺らしていました。
 窓の外は、高槻市の開発区域。駅の北東部にあたり、大工事中で、重機の音がにぎやかでした。

 息子は左に眼帯をして、うとうととまどろんでいました。
 瞳孔の調整ができず、眼球の運動も鈍いので、かなりまぶしいようです。
 点滴が腕の中に漏れたあとも、ふくやかに見える程度で、ほとんど目立たなくなっていました。
 今は右手です。
 ほどなく若い女性の医師が現れ、ひととおりの説明を聞きました。

 続いて主治医がおいでになり、また話を聞きました。
 今までの経過から、「ピークは越えたのではないか」との見方を示されました。
 う~ん、病状のピーク…ピントこないですね。
 病状はマイナス要因ですから、「ボトム(底)まで行った、これより悪化することは無い」、といった方が本当ではないか、などと妙なことを思いながらも、少し安心しました。

 呼吸器系の異常もなく、筋力の低下、ふらつき、めまい、眼球運動の低下、瞳孔の反応低下といった症状も、少しずつ回復に向かうのではないかと思います。

 昼飯の時間、前と違ってゼリーのオンパレードが並びました。
 息子が食べられないものを試食。一つは…ぶり大根をミキサーにかけてペーストにしてゼリーにしたものといった味。もう一つは、そうめんのつゆをゼリーにした感じ。う~ん……確かに、イマイチでした。
「マグロの刺身の方がいいんじゃないか!いや、焼き肉かな。」と言った私のことばに微笑み、母親に「今度焼き肉弁当を持ってきて」などと言ってたようです。久々に笑顔を見ました。


先ほど、実家から電話がありました。母は涙声。
母には、昔、長女(私の姉=心臓の手術後風邪を引いて6歳で他界)を亡くした思いがよぎっているのでしょう。

一方、父親は、仏壇で彼の母親(つまり私の祖母)の遺影(似顔絵)に手を合わせて、息子の回復を祈っていたそうです。母も「今までそんな姿は見たこともなかった」と言っていましたし、私も想像したこともありませんでした。ありがたいことです。
父は自分の母親を3歳のときに労咳で亡くしています。彼の父親(私の祖父)は養子で、その後、家を出て、九州で再婚していますから、私は祖父には一度しか会ったことがありません。父は以来、ずっと働きずくめです。不平不満を言わず、ただひたすら四六時中働く父。ありがたいことです。

若くして他界した母親(祖母)の写真は無く、弟(私の叔父)の描いた絵があるだけです。その絵が、父が祈っているときに「ちらっと笑った」と言ってました。そんな話をする父も初めて知りました。

 そんな思いを受けて、息子は快方にあるのでしょう。
ありがたいことです。
 今、妻は病院で付き添っています。
 晩飯は私が作りました。

 明日がガンマグロブリン投与の五日目です。
 
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by carnotaurin | 2009-11-07 20:36 | My Life
医療費が高額になるため、限度額適用認定証の申請をしました。
昨夜、全国健康保険協会のホームページにアクセスし、ひととおり読んで、大筋を理解。申請書書式をダウンロード・プリントアウトして記入、捺印。今朝発送しました。
 念のために電話でも確認しました。
 (休憩時間に速効で電話。でも、つながるまでに5回もかけました。でも、応対は的確でした。)
 数日中に認定証が届くそうです。


 一方、息子の方。
 今朝、点滴の注射針が静脈をはずれたらしく、看護師が気づいたときには息子の左腕が大きく腫れ上がっていたそうです。
 そんなむごい…

 液は栄養剤だったようで、1日20万円のガンマグロブリンではなかったらしいですが……
 息子はその異常に気づくことさえなかったのか…
 看護師もチェックしなかったのか…
 寝返りが原因としても…

 まぁ、やがて吸収されるでしょう。

 今回の件、私の実家には伝えずにいましたが、やっと伝えました。
 年寄りに心配はかけたくなかったので。
 案の定、少しパニック気味のようなので、落ち着くように私の笑い声で伝えました。

 早く「症状が回復に向かっている」という医師の判断を聞きたいものです。
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by carnotaurin | 2009-11-06 22:05 | My Life
 γ(ガンマ)グロブリンの投与は二日目に入った。

 病状は平行線あるいはまだ下降線。 
 食べる力は無いが、ジェル状のWiederのドリンクなんかが摂取しやすいらしい。

 瞳孔反応が低下してきたようだ。
 また、γグロブリンにより体内での変化が起こるものの中で、呼吸停止がもっともこわい。
 だから心電図も取り付けている。


 妻は、英語教室も休講にさせていただいて(生徒の皆様、申し訳ありません)、息子のところに通う。
 私は、今日は早いバスに乗れなかったので、帰宅したのは7時過ぎ。
 妻はすでに晩飯の用意をしていた。準備中もいろんなところから電話が入り、妻は息子の状態を説明している。同じ事を何度も話すのは、わずらわしかろうが、かえってその方が安心できるのかも知れない。

 一人欠けた五人での晩飯の後も、妻はまた行った。
 歯を磨いてやったりトイレの世話をしたりらしい。
 看護師のお姉さんには息子も頼みにくいのだろう。


 
 ガンマグロブリンの投与については、医療費が高額になるために、限度額適用認定証の申請をしなくてはならない。私の給料では、6人家族はラクではない。
 夕方、全国健康保険協会大阪支部に電話したら、
「本日は…午後5時15分で業務を終了…」
と録音されたお姉さんの声。
 時計を見ると5:20。
 だって、こっちの仕事中に、外部への電話は無理でしょう…

 家に帰ってネットで調べる。やっと理屈がわかった。
 明日、申請書をダウンロードして送付するかな。

 
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by carnotaurin | 2009-11-05 21:48 | My Life