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タブリンの窓

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タブリンの木製恐竜骨格模型 制作記録 & 戯れ言 http://taburin.jimdo.com/ taburinあっとkfx.biglobe.ne.jp

カテゴリ:教育( 3 )

 また呼んじゃいました、あらきせんせぇ
 うちの学校の子たちに図工の特別講師としてお招きしました。
 二年前にもお願いしたのですが、今回も快く引き受けて頂きました。

 子どもたちは事前にある程度の恐竜調べ学習をした上で臨みました。

 さすが恐竜模型教室を何度も開催の先生、的確なアドバイスを連発し、22人の子ども(とおまけの6人の教職員…是非参加したいとのリクエストで)はどんどん恐竜を作り上げていきました。
 また、先生のちょっとした、ほんおわずかな手入れで、あっという間に恐竜らしくなるなど、魔法の手にみんな感心していました。
 授業開始のとき、先生に、「筋肉などを意識した作り」、つまり「復元を意識する」という話をしていただいたので、子どもたちも目当てをもって学習できました。
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 給食を挟んで3時前までいていただきました。薄謝で申し訳なかったです。
 週明けに未完成の子は完成させて、着色を来週水曜日に行う予定です。

 ありがとうございました!
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by carnotaurin | 2009-11-06 22:40 | 教育
小3から英語必修化を?

ふむふむ…。


私は教育の現場に立っているので、あまり細かいことは職務上の守秘義務もあって書けないのですが、この程度の大きな話なら多少できます。

平成23年からだったかな、小学校の高学年(5・6年生)で外国語(英語)を週1時間程度指導することになったようですが、加えて今回は「3年からに」という話のようです。

小学校での英語については賛否両論。
「日本人は6年間やってもしゃべれない。文法中心はやめて、会話に重点を置くべきだ」
「できるだけ早期に始めれば、ちゃんとした音感も身に付く」
「海外旅行で英語が使えなかったのが残念…」
「アジア諸国では自分たち流の英語を使って国際社会に進出している。日本人に合った英語でいいじゃないか」
「英語なんかやるまえに、乱れた日本語を何とかしろ。まずはしっかりとした日本語が使えるように」
「ちゃんとした国語力の基礎の上にあって初めて外国語も価値が出る」
「何も日本人全員が英語を使えなくたっていいじゃない、やりたい人がやれば」
「だいたい、小学校の先生が英語を教えられるわけないじゃん」
「だから、英語じゃなくて、『英語を楽しむ活動』なんだよ」

… …



こういった様々なご意見が飛び交う中で、教育現場では御上の意向に沿って英語を小学校に採り入れて、英語アマチュアの先生方が指導法や指導内容についてあれこれと試行錯誤を繰り返して、平成23年を迎えようとしているのです。
そして今回の「小学3年生開始説」です。

私は毎日毎週、非常に大きなストレスにさらされています。


一応、私は人並みの英語を使います。

それでも、私は、中学に入って初めて英語を学びました。
ローマ字しか知らなかったので、表記と発音の違いや「単語」という概念が理解できませんでした。
それでも、英語が「未知の世界へのドア」のように感じられ、自分で勉強しました。
そして、曲がりなりにも今の自分があります。

小3から?

そりゃかまわないけど、何を目指しているのだろう。
それが全部の小学生に必要なのだろうか。
大量の英語嫌いを生産しないために「楽しい」だけの英語でいいのだろうか…。

困ったなぁ…。
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by carnotaurin | 2008-05-26 22:57 | 教育
 なにやら突然、我が家を駆け抜ける風。
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 近くの不動産屋がいきなり持ち込んできたのですが、にわかに「家を買うか」という話が盛り上がっています。

 私は今までの人生、財産といえるものを持ったことがありません。
 今使っている自動車は親爺のものを借用。
 この家は借家。

 ずっと流しの仕事だったので、ひとところに住むという発想が無かったのです。数年経てば、また風の吹くまま…なんて思ってました。

 しかし、子どもも大きくなり、高等教育を受ける頃となると、そう簡単に移動を繰り返す訳にもいかなくなるのも道理。かといって自分独りで動くのも味気ない。もとより、金には縁の無い人間が、子どもを4人も持っているわけですから、なんら計画性があるわけではありませんでした。
 ただ、「ここで定年退職するまでの仕事を得て…」「一所懸命に働いて、この土地に尽くし、この土地で死ぬ」なんて発想が無かったのです。「人間(じんかん)至る所青山あり」という発想で、先の見える、レールの上のような人生は考えられなかったのです。
 だから、家という不動産を持つという考えは全くなかったんですね。

 しかし、毎月9万の家賃に、駐車場代を入れて10万円が消えていっているわけです。不動産屋が言うには、これだけ払えば、一軒の家を買い、私のような流れ者でさえ75歳までのローンが組めるらしいのです。(75?この俺が75まで借金という重荷を背負うのか…)

 はっきりって、近所の家を見て、
「あぁ、みんなお金持ちなんだなぁ。」
「なんで俺にはお金がないんだろう、あの人たちとどこが違うのか、俺はこんなに劣っているのか…」
とセンチな気分になったこともあります。一方、別の自分は、
「ふん、俺は自由だ。どこにだって行ける。借金もローンもゼロだぜ!」
と言っているのです。

 家を買う=土地に縛られる…
 土地を資産と見て、マネーゲームするひともいるでしょう。先祖代々の土地を守らなければならないと考える人もいるでしょう。(先祖って、いつからの先祖でしょう。もともと人類なんていなかったのに…)
 でも、私はそこに居着いてしまう気は毛頭ありません。
 いつかは、外国の、海の見える丘の上に住みたいのです。


 はてさて、そんなこんなが頭の中で(我が家には無い)乾燥機のようにぐるんぐるん回る中、この土日に数件を見てきました。
 いずれも帯に短したすきに長し…。
 部屋数、子どもの生活・通学環境、奥さんの英語教室スペース、駐車スペース、トレーニング器機置き場、恐竜作業スペース(軒下)…これら最低条件を包括し、且つ、私のローンでまかなえそうな物件は、簡単には見つかりません。
 不動産屋は「今決めないと、売れちゃいますよ」と煽るのですが、なかなか妥協ラインを超えることができません。かといってあまり遅ければ、ローンが厳しくなるし…。

 今の講師という身分のままでは、私の給与は上がりません。
 だから、家云々の前に、まずは自分自身の仕事を何とかしないといけないのです。

 はぁ……
 独りで山小屋で過ごしたい… 
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by carnotaurin | 2008-04-20 21:57 | 教育