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タブリンの窓

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タブリンの木製恐竜骨格模型 制作記録 & 戯れ言 http://taburin.jimdo.com/ taburinあっとkfx.biglobe.ne.jp

Today, we visited many places.
The most impressive view was seen at the beach of Kailua of the north-east shore of Oahu.
Tomorrow is saturday.
We'll be visiting island of Maui,just as typical Japanese tourists.
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Me, uploading some pictures.
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# by carnotaurin | 2012-07-28 14:42 | My Life
Today, we had a time to visit Peral Harbor.
There were only few Japanese visitors there.
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# by carnotaurin | 2012-07-27 15:21 | My Life
Hi,guys!
Sending this from a hotel in Hawaii.
The third day is almost finished.
The weather is fair everyday. The temp. is between 23 to 27.
The air is dry....
I borrowed a car today. Very comfortable to drive.
Well, ten more days.\
I hope everythig goes well.
And I hope all of you are fine.
See you.
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# by carnotaurin | 2012-07-26 14:18 | My Life
金曜日からの泊りがけの仕事でした。

金曜日は、梅雨の合間の快晴。日差しの強い一日でした。

高槻市川久保の市バスバス回転場から歩き。
目指すは山頂678.7mとも678.9m(この方が数字が続いておもしろいらしい)とも言われる?ポンポン山。
身近なハイキングコースとしては、「ほな、行くか!」程度の意気込みがいる山。
JR高槻駅から見てちょうど真北方向にあります。

長く樹木のあいだを歩き続け、普通なら2時間もかからない程度で山頂に着きます。

山頂部は小さな公園のように樹木が切り開かれております。
そこからの眺めは、素晴らしく、真南に高槻市の中心部、その向こうに枚方大橋から大阪南東部が。
東には、向日市、長岡京市から先、北東には京都市が望めるのです。

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しかし、この山頂部は、不法伐採によるものらしい。
この頂は、昔から多くのハイカーが訪れている。
眺望がよろしく無いと判断した人物達が、山頂部周辺の木を切ってしまったらしい。
これはもちろん、法的に犯罪。
山林の持ち主から被害届が出されたのか、その結果どうだったのかなどは一切知りませんが。
今は、その持ち主さんが伐採されたところにロープを引いて立入禁止区域を設け、
杉とかの苗を植えているのが見えました。ご苦労さまでした。

一方、ふと私の頭に浮かんだほのかな疑問。


山って、こういった誰もが訪れる山って、持ち主がいるんだ……
へぇ〜
村続きの里山とかなら持ち主がいるってわかるけど、
こんなハイキングコースの山にも、それも頂上部にも持ち主ってのがいるんだ。
国とか公の財産かと思ってました。
ならば、その持ち主は、いつからその持ち主なんでしょう?
ご先祖って、どの時代からのご先祖?
そのご先祖は、どうやってその山頂を手に入れたの?
手に入れたって、誰が認めたの?

土地ってのもよくわかりませんが、
山となるとマスマスわかりません。

映画 Far and Away というのをご存じですか?
(邦名はわかりません)
Tom Cruise, Nicole Kidmanで、アメリカにわたったそれぞれの境遇のアイルランド移民が、
アメリカ西部開拓で自分たちの土地を手に入れる、というのですが、
まぁ、あれも先住民族の土地を奪っていったようなところもありますしね。

そういえば、東京都が買うとか言っていた尖閣諸島の島々にも
ちゃんと持ち主がいるんですね…

まぁ、とにかくこのポインポン山にも
持ち主さんがいるわけで、
この持ち主さんは、どういう思いでこの山をお持ちなんでしょう。
売ろうとか思われるんでしょうか。
子々孫々まで相続とか考えていらっしゃるんでしょうか。
持っていることによるメリットデメリットはなんなのでしょう。
登山道の整備は、誰の責任なんでしょう。
登るときに、「すんません、お宅の山に登らせてもらいますよ。」
とひと声言わなかったのはまずかったのだろうか?
その山でずっこけて怪我をする人がいたら、
その山の持ち主を訴えるのだろうか?

わからん……


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下山は別コースで、天台宗仏教寺院・本山寺から神峯山寺まで。
なだらかだが、あまり面白いコースではないだらだらとした道が延々と続く。
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あぁ、疲れた。



今月後半は、3泊4日の天草出張、一日おいて15日間にも及ぶハワイ出張。


恐竜の出展が無いのは何年ぶりでしょうか。
最近、制作が滞っているからなぁ…
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# by carnotaurin | 2012-06-30 22:29 | My Life
以下、先月の記事です。今頃になってのアップです。

2012年05月25日21:32
 久々の日記エントリーですが、読んでいただいても心温まるものではありませんな。

 ここのところ激務が続き、毎日休憩時間無しの13~14時間労働が続いています。まぁ、今の役割場仕方がないのですが、なかなかポジティブになれないのが残念です。

 そんな中、先週の金曜日昼に、福岡は大牟田の病院から電話。

 伯母は以前にも書いたとおり、昨年12月24日に倒れ、病院生活が続いていました。3月にはかなり回復し、4月頭にはリハビリ系の病院に移っていました。その病院から、容態が急変しつつあるという旨の電話でした。

 その電話が二度三度かかってきたので、私も職場を脱出し、急ぎ帰宅。
 荷物を詰め込み、キャッシュを用意して電車に飛び乗ったのでした。
 博多から九州新幹線に乗り換え、新大牟田に着く直前に再び電話。
 延命処置についてでした。

 新大牟田にツバメ号が着いたのが午後8:53。
 タクシーに乗って病院へ。



 間に合いませんでした。
 着いた時には、整理が始まっていました。
 死亡時刻は、最終電話があった直後の午後8:46だったかな。
 手を握り、額に手を当て、
「おばちゃん、間に合わなかった。ごめん。」
 まだ温かい体温の残った伯母は、安らかに目を閉じていました。



 即、入院荷物が袋詰めされ、病院の退去手続き。
 看護師が葬儀屋リストを見せてくれ、その中から家に近いものを選び電話。30分後には軽自動車で迎えに来てくれました。
 生活保護を受けている旨を伝え、その範囲内での葬儀を申し出ました。

 葬儀屋の2階、30畳近い和室に安置されました。そこは通夜用に宿泊設備もありました。
 担当者と打ち合わせました。翌日が通夜。日曜が告別式。とても信頼の置ける親切親身な担当者さんでした。各方面に連絡。伯母とその夜を二人で過ごしました。

 
 伯母は、昨年の9月に創価学会に入信していました。
 伯母の友達に連絡したところ、友人葬をさせてもらいたい旨を話を受け、快諾。費用は発生しないとのこと。
 
 翌日、レンタカーを借り、伯母のアパートに行き、近所に伯母の逝去を伝え、少し片付けをしました。

 通夜。地元の創価学会の導師も来て、その方式での通夜。

 翌日午前10時より葬儀。
 最後にお棺に花束と、昨日家から持ってきた私や母、弟の手紙を添え、最後に叔母が好きだったメロンパンも入れ、話しかけました。
 「おばちゃん、ごめんな。俺一人で来たけど、ごめんな。」
 この時、初めて涙が出ました。

 いい人たちに囲まれての晩年でした。参列者は20名ほどでしたが、本当にいい人たちでした。


 そのあと、斎場に。
 葬儀屋の略式霊柩車と私のレンタカーのみ。


 大牟田動物園の裏手にある斎場は、緑に囲まれた大きな施設でした。
 係員のほかに人もいなくて、その日ある5件のうちの1件目でした。
 火葬許可書で確認し、遺体が炉の中に入れられ、係員の促すままに、私が点火の青色ボタンを押しました。

 待合室で独り、急遽作っていただいた遺影を眺めながら待ちました。
 細めの伯母は、予定より早く焼けました。
 お骨をツボに納めました。左股関節の人工関節が残っていました。

 町を離れる前に、三池港に立ち寄り、伯母に大牟田の海を、見てもらいました。ちょうど干潮時で、入江の奥では潮干狩りの家族連れが遠くに見えました。
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 その足でレンタカーを返し、新幹線に乗って、お骨、遺影と大阪に戻りました。

 伯母は重松幸子。
 台湾生まれの80歳。
 本籍は岡山県の久米郡久米町(現津山市)。
 作家の重松清さんは、実家の隣で本家筋。今は空き家です。
 伯母も若い頃に家を出ているので、お骨を重松家が引き受けてくださるかが目下の課題。
 今は私の家で伯母に休んでもらっています。

 伯母の80年の人生を、そして、自分のルーツをも振り返った三日間でした。

 今週火曜からは弟夫婦に家の後始末や役所関係の手続きのために行ってもらいました。そちらも昨夜無事に終わったとの報告を受けました。

 おばちゃん、ごめんな。
 
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# by carnotaurin | 2012-06-07 22:25 | My Life
 休み。ラッキーと久々の散歩。
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 雨雲が次々と流れこみ、時雨れることがありましたが、
それでも春の光線が雲の隙間から差し込んで、気持ちの良い日です。

 目指すは裏山。標高は200mにも満たないのですが、帯仕山と三好山の二つのピークがあります。帯仕山には小さな古墳があり、三好山はその名が示すとおり、戦国武将三好長慶の居城があった山城跡です。
 「ラッキー、さんぽ行くか?」
の声に大はしゃぎ!
 喜び勇んで出掛けました。
 山道に入ってからは、綱も解きました。
 それでも、前になり後ろになり、離れない距離でしばしの自由を楽しんでいました。
 山頂に近づくと、土橋、狭間や石垣がそこここに見られました。なかなかの山城です。山頂は市によって切り開かれ、展望も良いところでした。
 北と西は急な崖で、その下は芥川。城としては絶好の場所だったのでしょう。南方向には、吹田や大阪市街が望めます。
 しばし眺望を楽しんだ後、もと来た道を戻るのは主義に反します。それで、クマザサ深いけものみちに。
 そこここにイノシシが土を掘り返したあとがあります。
 ラッキーを後ろに、少しずつくねくねと下っていきました。どれほどか下ったところで、芥川に出ました。いつもは対岸を歩いているのですが、なかなか濡れずに渡れそうなところも見つからず、意を決して、大きくなったラッキーを抱きかかえ、ざぶざぶと川渡り。さすがに春。水は少し温んでいたように感じました。でも、渡りきったとたんに土砂降り。
 一般道を一人と一匹は歩いて帰ったのでした。
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# by carnotaurin | 2012-03-25 00:18 | My Life

 福岡・大牟田でのやるべきことが予定より早く終わったので、昨夜戻って参りました。

 金曜日、仕事のお休みをいただいて、朝から出発。
 駅で往復乗車券と行きの新幹線新大牟田までの切符を買い、京都線で新大阪、新大阪から博多乗り換えで新大牟田に。現地は雨。
 新大牟田は開通からまだ一年。昔の新横浜駅のように、駅周辺には更地ばかりが目立ち、これといった施設は何もなし。大牟田駅までは車で15~20分かかるくらいですが、バスの接続も悪く、タクシーで。駅近くのレンタカーも、ネットでは2社が見つかったのみ。マツダのレンタカーを借りて、いざ。

 入院中の伯母の血色も良く、今回は話もしっかりできました。昨年クリスマスイブに緊急入院してから3ヶ月になろうとしていますが、酸素吸入器は離すことができず、足腰も衰えています。今回は別のリハビリテーション系の病院に移る手続きをしてきました。またその後の介護施設への入所手続きも。

 わらじ家というビジネスホテル(素泊まり二泊1万円足らず)に泊まりましたが、十分でした。
 そして土曜の午後3時にはすべて終わったので、伯母としっかり話して、励まして、宿を引き払い、レンタカーを返して、タクシーで新大牟田駅に向かい、新幹線に乗ったのは午後4時過ぎ。自宅には8時半頃に戻ることができました。今回のレンタカー作戦は良い選択であったと思います。

 何はともあれ、伯母の調子が良かったのには安心しました。病院の医師、看護士さんや身の回りの世話をしてくださる方々、社会福祉士の方々、介護施設の方々、アパートのご近所の方々、みなさん親切で、ありがたく思いました。

 明日からまた怒濤の年度末年度初めに。


 画像は、帰りの九州新幹線つばめの車内。ほぼ?私
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の専用車両でした。
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# by carnotaurin | 2012-03-18 19:57 | My Life
 先日、病院から電話があって、伯母のその後が伝わってきました。
 回復はさすがに高齢のために芳しいものではないyとうですが、自分で起きあがることはできるようです。でも、酸素マスクなしでは苦しいらしい。

 長期入院できる病院ではないので、そろそろ介護施設か大きい病院への移送が必要になるらしい。加えて、身の回り品の費用とかもかさんできているとのこと。それは精算しないと申し訳ない。
 病院のソシアルワーカーと話して、来週末には再び大牟田に行くことにしました。
 おそらく、アパートの電気も止まっているでしょう。大家への支払いはどうなっているのかなぁ。家の方も、このままだと撤収しなくてはならないでしょう。荷物は、必要な物は私の実家で引き取れますが、おおかたは処分になるでしょう…。介護施設の方も見つかるでしょうか。

 伯母には、「また来るよ!」と言ってあるので、行けば喜んでもらえるでしょう。看護士さんによると、「心配かけるから連絡しないで」と言われているらしいが。
 しかし、唯一の身内だよ。
 
 今度は、独りで行くことになるかな。母も連れて行くべきだろうが、フットワークが鈍る。どうしよう。

 今週半ばには仕事も一区切りつくので、金曜日には出たいと思っています。
 新幹線は速いのですが、向こうに行ってレンタカーを借りることを思えば、のんびり車で行った方がいいかな、と。
 長い運転は、お尻が痛くなるんですよね。
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# by carnotaurin | 2012-03-11 21:14 | My Life
 ちょっとゴリラの頭を彫っていますが、
 なかなか哺乳類は難しいです。
 でも、人間に近い分、詳細に見て比較しながら作るわけですから、
 おもしろみもありますね。
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# by carnotaurin | 2012-01-22 00:01 | いきもの

みなさま、新年あけましておめでとうございます。

大晦日は実家にうちの男共2人を連れて帰り、
実家の父母と弟家族の総勢8人+1匹となりました。
女性陣がいたらあと3人増えるのですが、
それでも昔のように親戚が集うこともない時代になってしまいました。
幼少の頃は、近所を回ってお年玉(餅やミカン)をいただいて喜んでいたものです。
携帯電話、テレビ、自動車の普及により、田舎の人間関係は大きく変わっていきました。
昭和30~40年頃はよかったなぁ。
何もなかったけど、人がいた。

まぁ、それはともかく、
大晦日は暖かい日で、持参したバーベキューセットを庭に出し、
あらかじめ送っておいた牡蠣、タラバガニ、ズワイガニ、鴨肉を焼いてみんなでいただきました。
私は食材担当で、調理は弟です。
九州の叔父からもでかいブリが届き、弟が出刃包丁でさばき、
夜は煮物に刺身,かにチリ。
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結局食べ過ぎて、年越しそば(鴨南蛮にするはずだった!)は誰も欲しがらず。

さて、ラッキーには初めての遠出でした。
やはり高槻から京都亀岡に抜ける山道で車酔いして
、少し吐いてしまいました。でもその後はOK。
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田舎に着いてからも広々とした土地に大喜びでした。
田んぼや野山を嬉々として走り回りました。
(一度田んぼの用水路が雑草で見えずに落ちてしまったり、
小さな雑草の種(私の実家地方では「ひっつきもち」と呼びますが、
記憶では「ひっつきむし」とは呼びません)
がびっしりと毛についてしまったり…。)
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大晦日は、さすがに玄関を入ったところから上へは入らせることができなかったので、
初めてのひとりぼっちでした。
私もかわいそうでなりませんでしたが、戸外でないことだけで勘弁してもらいました。



翌朝、元旦。
一番に起床。
あいにく全天を覆う薄雲で初日の出は拝めず。
しかし、昨年に比べ格段に暖かい元日。

早速、大きくしっぽを振るラッキーを連れて散歩に。
リードは持っていましたが、必要もありません。
山野を含むかなり長い距離を歩きました。

戻ってから、みんなで雑煮をいただきました。

昼には実家を出て、制限速度を守って大阪に帰ってきました。
ラッキーは疲れたようで、まだ私の布団で眠っています。

みなさまもそれぞれの場所で、それぞれの良い年をお迎えのことと思います。
新年早々、関東の方は揺れたようですが、
今年がみなさまにとってますます良い年でありますよう、
お祈り致しております。
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# by carnotaurin | 2012-01-01 19:24 | My Life